縁竹縄のデイサービス エノケン唄めぐり

2006/9/27社会福祉法人 武蔵野療園 せせらぎ

えんたけ新聞,

利用者さんの前へ登場すると、皆さんがニコニコしています。
「こんにちは」と言って頭を下げると、「こんにちは」と言って頭を下げてくれました。

 

身体に管を付けたおじいさんは、90歳を超えているとのこと。
10代で東京に出てきて23・4歳の頃浅草で、本物のエノケンを見たのだとか。
僕の心に緊張がはしった。

 

僕の目の前のおじいさんは、堂々と寝ていらしゃる。
前から3列目のおじいさんは、ずっとニコニコと聞いている。
目の前のおばあちゃんは、僕の言うこと一言一言に相槌をうってくれる。
前から2列目右手側のおじいさんも、浅草でエノケンを観たのだとか。
思い思いに聴いていただけて、嬉しい。

 

赤とんぼを歌った。左側の車椅子のおばあさんも一緒に歌ってくれました。
私の青空は、みんなで手拍子をとって聴いてくれました。
「リンゴの木の下で」は、なんと3回歌いました。
一緒に歌いみんなとても楽しそう。

 

ステージが終わったあと、おじいさんが来てくれました。

 

「戦後の新潟県長岡市にいた。
 ご飯をおにぎりにして御ひつに入れて、見つからないように持っていた。
 その時食べた米がとてもおいしかった。
 小学校までしかでていないのに、総理大臣にまでなった田中角栄、小学校までしかでていないのに・・・・」

 

最後は、涙を流していました。
故郷を遠く離れ生きてきて、偶然出会った同郷の若者に、とても喜んでくださったようでした。

 

おじいさんは
「無理はすんなよ。体を壊しちゃなんにもなんないぞ。
 松下幸之助も体が弱かったが、雨が降ったら傘をさせ、って言ってた。
 くれぐれも無理をしないで、体を大切にな」

 

職員さんに支えられて歩いていたおじいちゃんが、そう声をかけてくれました。
励ますつもりが、励まされていた。
今日、ここに来れてよかったと思いました。
おじいさんにとっても、また、僕にとっても。

 

 

http://entake78.at.webry.info/200611/article_8.html


2006/9/28社会福祉法人 老後を幸せにする会 デイ・ホーム深沢

えんたけ新聞,

施設の中に入ると、何やら輪っかを使ったゲームをしています。
副所長のウルマさんと話をするなり、「私エノケンと会ったことがあるのよ」
子供の頃に、エノケンの舞台を見たそうなのだ。
エノケンが身近に感じました。

 

職員さんに紹介していただき、皆さんの前へ。
30名程。
教育実習生らしき、大学生も6名ほどいます。

 

最初に洒落男を歌うと、みなさんの顔がパ〜っと晴れやかに。
「あ〜知ってる曲だ」って感じで。この瞬間が、嬉しい。

 

右側にいるおばあちゃんは、手をあげたり、振ったり、叩いたり、踊るように喜んでいます。

 

縁竹縄の名前に込めた思いを披露した。
「みなさんとこうして出会えた縁が、全国百会場の縁になり、竹のように真っ直ぐ伸びて、縄のようにぐるっと一つにつながってくれるとうれしい。」
うんうん、うなずいて聞いてくれる人もいた。

 

歌詞を間違えたり、ギターを間違えたりしてしまった。
それすらも、喜んでいただけました。
月の砂漠をみんなで一緒に歌うと大合唱になった。

 

そして、赤とんぼ。
少し声が小さくなった。さみしい歌だからかな。
私の青空。知ってる人は一緒に歌った。
最後にリンゴの木の下でを歌った。一番は普通に、二番は深沢の木の下で、三番は大合唱になった。
大合唱の瞬間は、今日もやってよかったな、と思う。

 

その後、誕生会をやるということで、一緒に参加。

 

おばあちゃん2人。大正15年生まれと、大正5年生まれ。
大正5年生まれのおばあちゃんは、あの、踊っていたおばあちゃん。
エノケンの歌の時は、あんなにはしゃいでいたのに、自分の誕生会と知るや否や、恥かしがっていた。なんだかかわいい。

 

皆で一緒にケーキを頂きました。
僕の席は今日の主役2人の席の隣。あのおばあちゃんとペチャクチャおしゃべりした。
おばあちゃんの娘は、小さい頃、今日のような集まりの中で踊りを踊ったそうで、その踊りがとても上手だったので、皆驚いていたそう。
上手だねと声をかけると「私がえらいんじゃないの、私のお母さんがえらいの」って言ったのだそうです。
10歳にもならに子がそんなことを言っていた、とても賢い子だった、と嬉しそうに教えてくれました。
とても興奮して話してくれました。
そして、こんなことも言ってくれた。
「色々な劇団の人がくるけど、あなたが一番よかったわよ」
嬉しい。

 

ケーキを食べた後、大きなまるいケーキ型のプラスチックが出てきて、その上のローソクをおばあちゃん2人で吹き消した。
あのおばあちゃんは、皆の拍手に深々と頭を下げて、「もったいない」と言っていた。とても喜んでいました。
そして、僕の伴奏でハッピーバースデーを歌いました。

 

最後にプレゼント贈呈。
あのおばあちゃんは、もったいないと言って深々と頭を下げてプレゼントを受け取って、照れながら写真にとられていた。
その後、なぜか僕も花束をいただいた。笑

 

誕生会の後は、皆さんの送迎の時間。

 

僕はかたずけをしていると、台所のかたずけをしていたパートのおばさんと色々話をした。
「やはり、色々な人が色々な出し物をしていくけど、あんたのが一番よかった。エノケンの歌はいいね。こんな活動をしているって偉いね」
「私は、エノケンはリアルタイムで知らないけど、あなたがあんなに知っているのにはおどろいた。エノケンの歌は、モダンでいいね」
エノケンが、お年寄りの心に残るスターだったと、あらためて実感。
その人の歌に出会えて、嬉しいと思いました。

 

 

http://entake78.at.webry.info/200611/article_9.html


2006/10/4駅前デイホーム アイケアツカサ

えんたけ新聞,

東急目黒線西小山駅から歩いて1分。
西小山駅周辺は、僕が抱いていた品川区のイメージとは違い、細い道の両脇にお店が並び、買い物客で道がふさがる下町のような雰囲気でした。

 

開演30分前に到着。こじんまりとしたスペースの施設だが、人でごったがえしています。
今日のステージのために、職員さんが飾り付けをしてくれていました。嬉しい。

 

新聞の折り込みチラシで作った飾りを天井から吊り下げていたところいます。
ホ輪とボードに紙をはって「縁竹縄」と書いてくれたり。
気分は、お祭り。ヤレーソレー。
普段は、10人前後の方々が利用しているそうですが、
近くのショートステイの方々もエノケンの歌が聴けるということで見に来ていました。

 

いつものように、洒落男からスタート。
右手側の壁際の長いすに座った7・8人のおばあちゃんがニコニコとして、時々体を左右に動かしながら、リズムをとりながら聞いています。
楽しんでいる様子が伝わってきました。

 

職員さんから「どうして縁竹縄なんですか」と、声があがった。
「今日のこの皆さんとの縁が、竹のように真っ直ぐに伸びて、ぐるっとまわって縄のようにつながってくれることを願っています」と答えた。
へ〜という、なんだか、わかったような、わからないような・・・という微妙な雰囲気・・・。やってしまった。焦った。

 

「以前のステージでエノケンの舞台を見た、と言う方がいた。浅草の有楽座で観たと言っていました。皆さんは行ったことがありますか」と聞いたら、
「有楽座は浅草じゃないよ」と言われてしまった。
エノケンの舞台は帝劇でもやっていた、と教わりました。
エノケンの鞍馬天狗がだいすきだというおじいちゃんもいた。

 

ステージが始まってから、しばらくは仏頂面で、つまらなそうにしていた、僕の目の前にいたおばあちゃん。
後半になるにしたがって満面の笑顔に変わっていった。
終わった後、職員さんから聞いた。
「あの長いすに座っていたおばあちゃん。あんなに笑顔をみせたことなんてなかった。」
この一言だけでも、来てよかったと思いました。

 

 

http://entake78.at.webry.info/200611/article_10.html


2006/10/5中野区福祉サービス事業団しらさぎホーム

えんたけ新聞,

開演30分前、既に20名くらいが座って待っています。
僕が準備している隣では、おばあちゃん2人がメガネをかけて縫い仕事をしています。

 

ステージ譜面台を持っていったり、マイクをチェックしたりしながら、会場のおじいちゃんおばあちゃんとおしゃべり。
マイクを通して「あーあーマイクの声聞こえますかー」
皆さん「聞こえまーす」
準備のお手伝いもしてもらったりなんかして。
ずーっと待っていらっしゃるので、悪いなと想い5分前に始めました。

 

左手奥に座ったおばあちゃんが手をたたいて「上手、上手」といってくれた。
職員さんに聞いたところ、最前列に座っていらっしゃるのは、耳の遠い方ばかりらしい。
その方々も喜んでくれた。聴こえてよかった!

 

耳の遠いのおじいちゃんは、エノケンの舞台を何度も見に行った、と言っていました。
縁竹縄の、名前の由来を話したら、拍手がわいた。

 

吹き抜けロビーの2階から、白い髪のショートヘアのおばあちゃんがのぞいていた。
手を振ったら、振りかえしてくれた。
「聞こえますか」と聞いたら、ウンと首を振ってくれた。
いろんな所から見ている人がいて、面白い。

 

職員さんは、手にタンバリンやマラカス等を持って盛り上げてくれた。

 

赤とんぼ、月の砂漠は皆で大合唱。
私の青空も、知っている人は口を動かしていた。
私の青空のエンディングは、ワーッと拍手がわいた。
この瞬間が、嬉しいんです。

 

歌い終わったら、女性職員さんが「もう終わっちゃうの」と聞くから、
「まだ終わらないですよ。まだ歌いますよ」と答えた。
近くにいたおじいちゃんが「早とちりすんな」
会場中が笑いました。

 

次のリンゴの木の下でが最後の曲。
?リンゴの木の下で〜

 

職員さんを中心として、アンコールの手拍子。
アンコールに応えて、私の青空。
また、アンコールの手拍子。
リクエストを募ったら、エノケンの舞台を何度も見たと言うおじいさんが
「ディックミネも歌った曲」と言う。
実は、リンゴの木の下で、はエノケンだけでなくディックミネも歌っていたのです。

 

リンゴの木の下でを3回歌った。
またアンコール。
僕は皆さんに聞いた。「皆さん疲れてないですか」
大丈夫という。「僕は、疲れてます」と職員さんをチラッと見て言った。
職員さんは恐縮していた。笑
がんばって、アンコールに応えました。
練習中で、間違えるかもしれないと言い訳をしながら、東京ブギウギを皆で歌いました。下手くそだったけど。

 

ポスターを持ってきたので、皆さんにあげました。
あるおばあさまが「私にはくださらないの」
もちろん差し上げました。

 

この方は、踊り・日本舞踊の先生だったそうで、正座して、お辞儀する時の手の置き方、親指と人差し指で三角をつくって、その三角の中に鼻が入るまで、深くお辞儀をすることを教えてくれた。
帰る準備をしていると、ある女性職員さんは「また来てくれるの」「私たち見れなかったのよ」「観たいわ」と言ってくれた。
とても嬉しい言葉でした。

 

 

http://entake78.at.webry.info/200611/article_11.html


2006/10/12特定非営利活動法人介護支援事業所縁(ゆかり)

えんたけ新聞,

西武線武蔵関駅まで、職員さんに迎えにきていただいた。
駅から案内されて、着いたのは民家の前。
普通の一軒家にデイサービス縁の看板があった。
玄関に入ると、もう本当に普通の民家の玄関だった。
午後2時からスタートの予定だったが、皆さんお待ちかねとのことで、10分前にスタートした。

 

1階のフローリングの居間に、20名くらいの方々が椅子に座って待っておられた。
人の家で大声を出していいのか、と少々心配になったりもした。
20人中3名は男性、それ以外は女性だった。
エノケンの舞台を見たことがある人はいますかと聞いたら、3名が手を上げた。
左手奥に、仏頂面したおじいさんがいた。
ずっと表情一つ変えなかったが、ステージの後半になると、時々、笑顔を見せてくれた。
アンコールを2回歌った。1曲目は私の青空、2曲目は赤とんぼ。
おじいさんの赤とんぼを歌う、声楽のような張った声がステージまで響いてきた。
最前列右端のおばちゃんは、歌の最中はずっとうつむいていたが、歌が終わると拍手はしてくれた。
そのおばあちゃんも、赤とんぼ、月の砂漠、私の青空、リンゴの木の下でを一緒に、楽しそうに歌っていた。
アンコールが2曲終わり、さあ閉幕という時、職員さんが突然カンニングペーパーをよこした。
榎本のおばあちゃんが、明日、誕生日とのことで、なにか歌ってほしいとのこと。
榎本さんが誕生日であることを告げると、榎本さんは恥かしそうに、皆の拍手に頭を下げていた。
皆で、榎本さんのために私の青空を歌った。
あるおばあちゃんが、「とってもラッキーなお誕生日よね」とうらやましそうだった。
榎本さんと僕で記念撮影をした。最初、恥かしそうにしていた榎本さんは、撮影し終わると、もう一枚とってとせがんでいたのには笑ってしまった。

皆さんとも一緒に写真におさまった。

 

帰り支度をしていると、有馬さんが部屋に来て、心ばかりですが、と封筒を渡してくれた。
これを、事務所に帰り開けてみると、一万円札が入っていた。きっと、交通費をつつんでくれたのだろうと思っていた、とってもおどろいた。
社長は「人に感謝されて、よろここんでもらって、いただくお金が本当のギャラだよな」と言った。

 

帰り支度も済み、一階に降りると、お茶の時間だとかで、皆さんテーブルを囲んでいた。僕も混ざった。
暖かいお茶と、もちの入った甘いお菓子をいただいた。
お菓子は甘くておいしかった。
その後、夕方5時くらいまで、皆さんの送迎の時間となり、全員が帰るまでずっといた。
榎本さんの旦那さんは榎本けんぞう、と言い、よくエノケンと言われてからかわれ、榎本さん自身もエノケンの奥さんとからかわれた話を聞かせてくれた。
皆さんに囲まれて、色んな話を聞かれた。
奥さんはいるのか。彼女はいるのか。なんでこういう活動をしているか。
数名づつ車に乗って帰っていった。
職員さんが、ポスターをカラーコピーして、皆に配っていた。
皆さん喜んで持って帰ってくれた。
半数くらいの方が帰った後、職員さんが歌を聞かせてくれと言うので、ギターと歌の本を持ち出した。
東京ブギウギ、リンゴの唄、銀座カンカン娘を歌った。
あるおばあちゃんは「わー楽しい」とはしゃいで歌っていた。
その後は、もみじ、幸せなら手をたたこう、などを唄って楽しんだ。
帰る人、帰る人、皆と握手をした。
「とっても楽しかった。また来てね」と言われた。

帰りは、職員さんに、西麻布まで送っていただいた。
車中でいろんな話をした。職員さんがデイサービス以外に行っていること、自閉症の人たちと関わっていること、ボランティアでお年寄りを病院などに送迎したり、旅行につれて行ったり。
「じいさん、ばあさん」なんて言い方をしているが、嫌な感じは受けずに、親しみがこもっている感じを受けた。
僕の活動のことや、世の中の問題、ひきこもりや子供のこと、デイサービスの中の利用者さんのこと、職員のこと。

 

http://entake78.at.webry.info/200611/article_13.html


2006/10/18有限会社グレイスアカデミー デイサービスセンター田園調布

縁竹縄デイサービス唄めぐり

学校の教室を少し小さくしたような、ワンフロアーの施設。
午後1時30分に到着。皆さん、職員さんも、どでかいトランプで遊んでいた。
同じフロアーの隅のテーブルに案内され、お茶をいただいた。
皆さん、楽しそうに遊んでいらっしゃる。
準備を始めると、職員さんがホワイトボードで隠してくれた。
紹介をされて皆さんの前に立った。
7名の女性。
目をつぶっていたり、横を向いたり、聴き方は色々。

 

モンパパでは、大うけ!
大笑いしていただいた。
お話をウンウンとうなずいて聞いてくださる方もいた。

 

一緒に歌える歌は、一緒に歌った。
7名しかいなかったためか、声は聞こえない時もあったが、口を動かしているのは分かった。
つぶやくように歌っている方もいた。
私の青空。リンゴの木の下でを一緒に歌った。
10月30日に誕生日の方がいたので、皆でハッピーバースデーを歌った。
とっても喜んでくれて、「私の誕生日の時に来てくださって、ありがとうございます」
とおっしゃった。
一時間のステージが終わり、おやつの時間になった。
僕もお邪魔させてもらった。
クッキーと紅茶。おいしくいただいた。
ポスターを皆さん一人一人に配ったら、とっても喜んで、かばんに入れていた。
最前列で聴いていて、あまり表情を変えないおばあちゃんがいた。楽しくないのかなと、気になっていた。
そのおばあちゃんが、僕がかたずけをしていると、近づいてきて「また来てくださいね。握手してください」とおっしゃった。
その方は、お茶をいただいている時にも、皆に「握手してもらいなさいよ」と言っていた。
また来ます、と約束して帰った。
帰り際は、皆さんで手をふってくれた。

 

http://entake78.at.webry.info/200611/article_14.html


2006/10/24高齢者在宅サービスセンター 港南の郷

縁竹縄デイサービス唄めぐり

1曲目、洒落男を歌い終わると、先頭にいる体が前のめりに曲がったおばあちゃんが、顔を右手でたたいていた。
「どうしたの」と聞くと、左手が動かないから、右手と顔で拍手しているんだとおっしゃった。
僕は一人で演じてるんではなく、
多くの人に支えられてたっていられるんだなと、感動しました。

 

「縁竹縄」という名前の由来のお話をした。
「皆さんとのご縁が、竹のように真っ直ぐに長く伸びて、そして、それを縄でひとつにしたいのです!」
拍手がわきおこった。名前でこんなに喜んでもらえるなんて!とても嬉しい。

 

東京ブギウギ、リンゴの唄、青い山脈、銀座カンカン娘をみんなで歌った。
青い山脈が、一番声が大きく、楽しそうに歌っていた。
赤とんぼを歌った。僕の歌う4番の詩と、皆さんが持っていた歌詞が違っていたらしく、僕だけが違う詩を歌っていた。
「あんた違うわよ、4番は赤とんぼが棹の先にとまっているのよ」と言われてしまった。
ステージが終わった後、ポスターを配りに皆さんの所をまわった。
持ってきたポスターは7枚、おじいちゃんおばあちゃんは20名。
欲しい人、全員に配れないで残念だった。
しかし、12月にもまた来ることを職員さんと話して決めていたので、
また来ますと手をふって帰った。

 

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2006/10/25株式会社ケアサービスデイサービスセンター奥沢

縁竹縄デイサービス唄めぐり

9月21日に所長さんと面談。その後、チラシつくりの為に何度かメールのやり取りをした。
奥沢の皆さんがとても期待してくれている様子が伝わってきた。

 

当日。
月光値千金を歌った後、おじいちゃんが「あんたの歌で思い出した。その曲を、俺は日本語、英語、ドイツ語で歌えるんだ」と言って、歌ってくださった。
メロディーは分かるが、歌詞が、日本語が混じっているのはわかるが、何を言っているのかわからない。
なんと、3ヶ国語を混ぜて歌っていらっしゃった。
こんな芸、初めて見ました。笑うやら呆れるやら。

 

モンパパは、皆腹をかかえんばかりに笑っておられた。嬉しいな。
銀座カンカン娘を歌った。
カンカン娘というのは、カンカン帽子をかぶった娘なんだ、と聞いた話をした。
そしたら、こんなことを教えてくれた。
カンカン帽子は男のかぶる麦わら帽子で、それをかぶったおてんば娘をカンカン娘というんだって。
昔を思い出してくれて、嬉しい。

 

奥の方の真ん中あたりにいたおじいさんは、あんまり笑わなかったが、何かのひょうしで、話の途中で一回だけ大笑いしていました。その瞬間は、心でガッツポーズでした。

 

終演後、職員さんの控え室へ。
そこには、車椅子のおばあちゃんがいた。
何だかずっと怒っている。

 

「車の迎えはまだか」
「私は嘘をつく人間はきらいだ」

 

ステージの間中、1時間ずっと怒っていたようだ。
後で聞くところによると、認知症なんだとか。
僕が着替えている隣で、ずっと怒っていた。
僕は、機嫌を直してもらおうと、私の青空を歌った。

 

「この歌、知ってる?」と聞くと、
「知っている」そうだ。
歌い終わると、また怒り出した。
帰り間際、「あんたはどこへ行くの」と聞くので、
「仕事に行きます。また歌いに来ますね」と答えました。

 

「そうか、がんばってな」と言ってくれました。

 

ここまで来た甲斐があるほど、嬉しい言葉でした。
と同時に、おばあさんが楽しいことが、増えたらいいなと思いました。

 

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2006/10/26介護老人福祉施設・新横浜パークサイドホーム

名前のとおり、公園の隣にある施設。
会場に入ると、まるでホテルのロビー。利用者の皆さんお待ちになっていた。みんな車椅子だ。20・30名くらい。
僕の格好を見て笑顔になった人もいた。
一曲目は、洒落男。
壁ぎわのおばあちゃんがとってもよく笑っていた。心でガッツポーズ!
今日は皆さんよく笑った。
たくさんの笑顔を見たし、涙も。表情には見えなかったけど、喜んでくれた方もいたそうです。
月光値千金の「イヤーン」てセリフも、笑っていたな。
隣の公園で、よく昼食を食べていると話したら、
あるおばあちゃんが、「ここで食べていけばいいのに」とおっしゃってくれた。

 

青い山脈、銀座カンカン娘、おーい中村くん、も懐かしいと言って、楽しんで聴いてくださいました。
中には、手を挙げてリズムをとるおばあちゃんも。とても楽しそうだ。

 

新潟出身なんです、という話をした。
なんと、目の前にいたおばあちゃんも新潟出身だと言っていた。
僕は方言を言ってみました。
おばあちゃんは、故郷を離れてだいぶ年月が経っているようだったけれど、方言は忘れてないし、僕より上手だった。
後から聞いた話だが、新潟出身のおばあちゃんは、あまり自分から話をする人ではないそうで、今日は積極的に話していたことに職員さんは驚いていました。

 

左手側にいたムラサキの服を着たおばあちゃんは、腰が曲がってステージの方を見るのが大変そうだった。
その隣の白髪のおばあちゃんが、
「この人が見えるようにこっちで歌って下さい」
と言うから、その方が見える場所まで行って私の青空を歌いました。

 

ムラサキのおばあちゃんの目からは、涙が。
昔の良かった時代を思い出しているのかな。
それを隣の白髪のおばあちゃんが、そっと拭いていました。
白髪のおばあさんの優しさが、暖かく、見てるこちらまで、涙が出てきます。

 

 

最後は、リンゴの木の下でを歌いました。
?リンゴの木の下で 明日また逢いましょう〜
皆さん、一緒に歌って楽しそうだったな・・・僕もとても楽しめたし、感動しました

 

ステージ後、皆さん全員にポスターを配った。
一人一人手渡しで。
中には手が動かなくて、職員さんに渡した分もあったが、受け取ってくれた。
手をのばして、「ちょうだい」と言ってくれる人もいた。

 

歌っている時には楽しそうに見えなかった人が、ポスターを手渡して、受け取ってくれたことで、心は喜んでくれたのかもしれないと感じることがあった。
また来るねと約束して、会場を後にした。

 

今日も来て、よかった。
笑顔と涙が、僕の活力です。
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2006/10/29社会福祉法人 老後を幸せにする会 おいでな祭

縁竹縄デイサービス唄めぐり

12時過ぎ。等々力デイサービスに到着。
フリーマーケット、服や食器、バッグ、おもちゃ等。遠くからでもにぎやかな雰囲気が伝わってくる。
焼き鳥、まぐろのかま焼き、ホットドック等。パターゴルフ、手作りクッキー、植木。
皆さんの日ごろの成果の手芸、絵、ブローチ、折り紙、細工。各デイサービスの紹介。

 

職員さんがとても元気だ。楽しそうにやっている。
僕がパターゴルフをやると言ったら、
「今日、2時から演奏をする縁竹縄さんがパターゴルフをやります」と宣伝されてしまった。3球中1球しか入らなかった。 残念。
焼き鳥とホットドックを食べた。この値段でこのボリュームでこのおいしさ!商売ができそう。
ステージが始まる前、職員さんらによる前座(?)で、東京音頭や炭坑節の踊りが、楽しい!

 

おじいちゃんおばあちゃん、その家族から、地域の方もいたのかな。50名くらいはいただろうか。会場は満員。
最初は例により、洒落男。
口ずさんでいる人もいて、声が聞こえてきた。
この曲は4分くらいあるのだが、ずっと手拍子がたえなかった。皆さん、ノリノリ。
どの曲もそうだった。曲のテンポにあわせて手拍子をしてくださった。
演者にとって、本当に嬉しいことです。
譜面台には譜面が束になっているが、次の曲の譜面を探していると、その束が落ちてしまった。
直してまた乗せるとまた落ちる。
客席から「わざとやってるでしょ」なんて言われてしまった。わざとじゃないんですが・・・汗

 

この日は、いつになく色んな年代の方々がいました。
幼稚園くらいの子供も。
月光値千金を歌ったら、キャッキャッと笑い声が聞こえてきた。
最後はアンコールも!
何を歌おうか迷ってしまったが、1曲目の歌がいいと言われたので、洒落男を歌った。

 

たくさんの職員さんに声をかけられました。
帰り際、先日お世話になった、デイサービス深沢の職員さんに
「これから、他の所からも声がかかるわよ」と、肩をたたかれた。
今日のステージは、上出来だったようだ。

 

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